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名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和29年(タ)2号 判決 1954年4月09日

原告 神納茂雄

右代理人 野村文吉

被告 河合久

主文

被告は原告の嫡出子ではない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十九年一月二十五日名古屋地方裁判所岡崎支部において禁治産者と宣告されたものであつて、昭和十八年四月十九日より昭和二十八年七月二十三日迄被告親権者河合ハナコと婚姻関係にあつたものであるが、ハナコは右婚姻中昭和二十四年二月二十日被告を分娩し、同年三月三日被告を原告及びハナコ間の嫡出子として届出た。しかしながら、原告は昭和十九年頃から強度の精神分裂病につた為性交能力も欠くに至り被告出生の日から遡ること約十ヶ月前後にはハナコは原告の胤を宿す余地がなかつたばかりでなく、ハナコはその頃訴外古幡広男と情を通じて居りハナコも古幡も、被告は其の両名の間に生れた子であることを認めているから、原告法定代理人は禁治産者たる原告の後見人たる地位に基き原告のため被告が原告の嫡出子であることを否認するため本訴請求に及んだと陳述し、

立証として、甲第一乃至第五号証を提出し、証人鈴木喜夫の証言並びに原被告各法定代理人訊問の結果を援用した。

被告法定代理人は原告請求通りの判決を求め、答弁として、原告主張の事実全部と甲号各証の成立は何れもこれを認めると述べた。

理由

真正に成立したものと認める甲号各証、証人鈴木喜夫の証言、原被告各法定代理人訊問の結果を綜合すれば、原告の主張する請求原因事実は全部これを認めることができ、この事実から判断すれば、被告は原告の嫡出子でないことは明らかである。

而して、嫡出子否認の訴は夫が子の出生を知つた時から一年以内にこれを提起しなければならず、夫が禁治産者であるときは右期間は禁治産の取消があつた後夫が子の出生を知つた時からこれを起算することになつているが、後見人等が禁治産者たる夫の為に否認の訴を提起する場合の出訴期間の起算点については明文がない。しかしながら、元来、嫡出子の否認は夫自らこれをなすことを要し代理に親しまない行為であるから、後見人等が夫のために否認の訴を提起し得るのは夫を保護する職責を有する地位にあるからであつて、被後見人たる夫の代理人として夫の否認権を行使するものではなく、後見人等の否認権と夫自身の否認権とは区別して観念すべきものである。従つて、後見人等が夫のために否認の訴を提起する場合には、否認権行使の期間は禁治産者の特則によるべきものではなく、一般の原則に従い後見人等が夫のために子の出生を知つた時から、夫の知、不知に拘わらず、進行を始めるものと解するのが相当である。尤も禁治産者の後見人等に指定されたものが後見人等に指定される以前に夫のために子の出生を知つていた場合には後見人等の否認権行使の期間は後見人等が夫のために子の出生を知つた時からではなく、後見人等に指定された時から進行を始めるものと一部修正して理解しなければならないことは云うまでもない。蓋し、そうでなければ、否認権を行使することが不能な情況のもとにおいて否認の訴の出訴期間の進行が開始しその時から一年が経過するとともに後見人等は否認権を喪失するという不合理な結果を是認しなければならなくなるからである。而して、原告法定代理人後見人神納春樹が被告の出生を知つたのが昭和二十四年二月二十日であることは原告法定代理人訊問の結果明らかであるが、前記甲第四号証によると、右春樹が原告の後見人に指定されたのは昭和二十九年一月二十九日であつて、本訴がその時から一年を経過しない同年二月十日提起されたことは当裁判所に顕著なところであるから、原告が自己自身の否認権を喪失していない以上、原告法定代理人の本訴請求は正当である。蓋し、原告が禁治産者の宣告を受けたのが昭和二十九年一月二十五日、被告が出生したのが昭和二十四年二月二十日であることは曩に認定したところであるから、原告が被告の出生を知つてから一年の期間が昭和二十九年一月二十五日迄に到来していたとすれば、原告はその時に否認権を喪失しているものというべく、従つてその後原告が禁治産者の宣告を受け、右春樹が原告の後見人に指定されたとしても、右春樹は後見人たる地位に基き原告のために否認権を行使することはできないものと解すべきであるからである。

そこで原告自身の否認権の有無について考えると、前記甲第五号証、前記証人の証言、原被告各法定代理人訊問の結果を綜合すれば、被告が出生した昭和二十四年二月二十日頃には原告は既に被告の出生を知り得ないほどに精神分裂病におかされて居り、爾後病状は序々に悪化こそすれ軽快に向つたことのない事実が認められるから、原告は未だ被告の出生を知らないものと認めるべく、従つて、原告は今日もなお被告に対する否認権を有していると云うべきである。

果して然らば、原告法定代理人が禁治産者たる原告の後見人たる地位に基き原告のため被告が原告の嫡出子であることの否認を求める本訴請求は正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 高橋正蔵)

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